#8 文字より顔を合わせてのコミュニケーションが大切

 ホラー映画などで、エレベーターが落ちるシーンが時々あります。そのせいか、「エレベーターが落ちたらどうしよう」という不安を感じている方もいらっしゃるようです。私自身は自分がこの仕事に就くまで、台湾で暮らしていた頃を含め、エレベーターで怖い思いをしたことは一度もありませんでした。

 むしろ、初めて市営住宅や県営住宅のエレベーター点検をした時の方が、怖かった。ウチの会社は物流系のエレベーターが多かったので、「人が乗るエレベーターを俺みたいなのが点検して大丈夫かな? 本当に壊れず動くのかな?」と、ことのほか慎重になりました。

 何より怖いのは20年前、30年前に設置したエレベーターがまだバリバリ現役で稼働していることです。20数年前の部品を見て、点検員として「大丈夫です」とは到底言えません。しかし当然、新しい部品の供給はなく、もう当時の部品も在庫はありません。点検員の私が「乗りたくないなあ」と思うエレベーターも、正直言ってありました。

 例えばエレベーターのカゴを吊っている主ロープは使っている、いないにかかわらず、10年以内に交換すべきものです。ロープは経年と共にカゴの重みで少しずつ伸び、細くなっていきます。このロープの状態が悪くなると内部断裂を起こし、内側から徐々に切れていきます。

 ロープ式のエレベーターは直にロープで吊っているわけですから、万が一ロープが切れればド~ンッと落ちます。それでもホラー映画のように高速では落下せず、まず安全装置が働きます。仮にそれで止まらなくても、下に“大ジャッキ”と呼ばれる巨大なバネが待ち構えていて、カゴを受け止めてくれる仕組みになっています。そして、私たち点検員は、必ず毎回これを点検しています。

 一方、油圧式エレベーターは、カゴの両側をシリンダーで支えています。こちらは異常なスピードが出ると、カゴを支えるレール部分の安全装置が働き、鉄棒状のものを挟み込んで、カゴをロックして止めてくれます。我々が性能検査をする時の一項目が、その「キャッチテスト」と呼ばれるもの。実際落としてみて、しっかりレールに引っかかって止まるか、確認するわけです。

 エレベーターの点検後、こういったロープや部品の状況をレポートに書き込んでお客様にお渡ししています。しかし、レポートをただ渡してサインをいただいただけでは、なかなかお客様に深刻な現状が伝わりません。そこで、私は極力口頭で説明し、部品交換や修理、改修工事をしてもらえるよう、説得しています。

「こういう状況ですから、ロープを交換した方がいいです。万が一ロープが切れたら、大きな事故につながりますから」

 お互い、後で嫌な思いはしたくありません。そう切実に訴えて、初めて「そんなに悪かったの?」と気付くお客様もいらっしゃいます。「悪いどころか、早く換えないとエレベーターが落ちます。僕は悪いところは悪いと言いますから」と言うと、大概改修工事にゴーサインを出してくれます。やはり文字だけではなく、顔を合わせてのコミュニケーションが大事なんだ、とシミジミ感じています。

高橋智(たかはし・さとし)氏略歴
1967年1月26日、神奈川県生まれ。向上高から1985年にドラフト4位で阪急(現オリックス)ブレーブスに投手として入団。その後外野手に転向し、92年5月27日の日本ハム戦では3打席連続本塁打で6打点、同6月4日の近鉄戦では当時のプロ野球タイ記録となる8試合連続長打を達成。同年は打率・297、29本塁打でベストナインに輝く。99年にヤクルトへ移籍し、01年に現役を引退。現在は愛知県名古屋市でエレベーター整備士として勤務している。プロ野球15年間の通算成績は打率・265、124本塁打、408打点。オールスターゲーム出場2回。