#12 「元プロ野球選手」を逆手に取る?交流術

 「元プロ野球選手」であることについて、私は“営業の考え方” の一つとして捉えています。私がプロ野球選手だったことをご存じで、それを前提に話しかけてくださるお客様と、全く知らないお客様は半々くらい。知っている方には、プロ野球関係のネタをきっかけに会話も弾みますし、ご存じなければないで、コミュニケーションに困ることはありません。

 もともと、プロ野球選手だからといって、肩で風を切って歩いてきたわけでもないですから。私は高校卒業後、当時の阪急(現オリックス)に入団しました。当時の先輩方にもプロを鼻にかけるような人はいませんでしたし、指導者の教育も厳しいものでした。自分が天狗にならずに済んだことは、ウチの両親や、これまでお世話になってきた方々に感謝しています。

 あとは、私自身の性格もあるのでしょうか。野球とは違った世界でも、すぐに入っていくことができました。頭を下げるのも嫌ではありませんし、それで仕事やお金をいただくことに、最初から抵抗は全くありませんでした。

 元プロ野球選手という過去を、逆手に取る(?)こともあります。私が担当させていただいている某会社。野球部を持っているため、元野球部員をはじめ野球に何かしら関わりのある社員が多く在籍しています。おかげで私がまだ駆け出しだった頃から、入っていきやすかったことを憶えています。その会社は保全のプロが大勢いるところで、私としては彼らにいい加減なことを言って、不信感を買うのが一番嫌でした。ですから故障原因が分からなかった時、「僕、野球をやってたんで、電気系統のことは分かりません」と正直に言ったんです。するとゲラゲラ笑いながら、反対に色々と教えてくれました。

 特に電気系統に関しては、保全マンの方が圧倒的に詳しいのです。実際、ある程度年数を踏んでも分かりやすい故障と分かりにくい故障があります。「元プロ野球選手で勉強はさっぱりなんで教えてください」と言うと、一緒にパソコン画面を見ながら「ここの電気がついていないね」とか「ここが動いていないね」と指摘してくれます。すると私も、「あ、そうだ」と気付くところが出てくるわけです。

そうやってお互い勉強し、教え合って故障を直す。故障原因が早く分かれば、そこをピンポイントで直しにいけるので、エレベーターもすぐ動き、お客様も仕事を再開することができます。お互い時間をロスせず、エレベーターが復旧するのが一番ですから。

 時には立場が逆になって、「お疲れ様です」と頭を下げてくれるお客さんもいます。そういう時は、「おう! 今からエレベーター使うなよ。点検じゃ!」とか言いながら、わざと偉そうに入っていくこともあります。明らかにお客さんの不注意で何かをぶつけて扉が曲がったなどの故障の時は、特にデカい態度で修理に行きます。相手は、お客さんなのに……。

 でも、それが傍から見ていると面白いらしく、場が和むから…という理由で「高橋さん、来てよ」と指名されることもあるんです。そんなお客さんたちとの交流エピソードは次回また、お話したいと思います。

 

高橋智(たかはし・さとし)氏略歴
1967年1月26日、神奈川県生まれ。向上高から1985年にドラフト4位で阪急(現オリックス)ブレーブスに投手として入団。その後外野手に転向し、92年5月27日の日本ハム戦では3打席連続本塁打で6打点、同6月4日の近鉄戦では当時のプロ野球タイ記録となる8試合連続長打を達成。同年は打率・297、29本塁打でベストナインに輝く。99年にヤクルトへ移籍し、01年に現役を引退。現在は愛知県名古屋市でエレベーター整備士として勤務している。プロ野球15年間の通算成績は打率・265、124本塁打、408打点。オールスターゲーム出場2回。