女性の気付きは警備業の危機管理につながる

(一社)東京都警備業協会の女性部会「すみれ会」会長 五十嵐和代氏 (㈱五十嵐商会代表取締役社長)

森喜朗・前東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の女性蔑視発言以来、世間では男女平等や女性活躍といった言葉が大きくクローズアップされている。ビルメンテナンス業や警備業の業界も、これまでは男性中心の世界だったが、今後は女性の活躍も求められることが予想される。現在、(一社)東京都警備業協会の女性部会である「すみれ会」で会長を務める五十嵐和代氏(㈱五十嵐商会代表取締役社長)に、業界における女性の活躍に向けた考えを聞いた。

──(一社)東京都警備業協会には「すみれ会」という女性部会がありますね。

五十嵐 協会の前専務理事がこの業界も女性の活躍が必要ということで、女性経営者グループを作ったことがきっかけです。2014年12月に12名でスタートしました(現在は15名)。日本には現在、警備員が約54万人いますが、そのうち女性は3万1000人くらいしかいません。この数字をもっと増やそうということで女性経営者グループを作り、それが後に「すみれ会」という女性部会になりました。発足以来、現在に至るまで私が会長を務めています。

──「すみれ会」と命名した理由は?

五十嵐 すみれという花は、表向きはきれいだけれど、ちょっとくらい風が吹いても雨が降っても散らないし、大地にしっかり根を下ろして花を咲かせているということで、メンバーである日本連合警備㈱の有馬昭美会長が付けてくれました。

──具体的にはどのような活動をされているのですか。

五十嵐 三つの活動方針があります。一つは女性警備員のイメージアップをどうやって図っていくか。たとえば制服を男性と同じようなものではなく、女性に「あの警備員さんの制服、素敵ね」と思われるような制服を作るとかですね。とにかくどうやったら警備業のイメージアップにつながるかを考えることが一つ目の方針です。

──二つ目は?

五十嵐 女性が警備を続けていけるような職場環境の改善です。女性は職場環境が悪いと、すぐにやめてしまいます。たとえば交通誘導の現場で男性と同じトイレとか、更衣室がないとかということがあります。それらをどういう風に向上させていくかということです。

──最後の三つ目は?

五十嵐 女性警備員がスキルアップするための研修です。たとえば消火器やAED(自動体外式除細動器)から、防犯上の刺股(さす また)の使い方などを訓練する研修を主催しています。いざ現場に行ったら役に立たないようでは、いくら女性といっても困りますから。

──女性警備員を増やす必要性はどの辺りにあるとお考えですか。

五十嵐 警備業は女性に限らず男性でも応募者が少ないんです。ですから私たちは、仕事はいただいても人が集まらない。つまり人手不足ですね。そのため男性だけでなく女性もドンドン採用して人手不足を少しでも解消しようという狙いが一つあります。それと、たとえばマンション工事現場などで警備をする場合、男性がやるより女性がやった方が近隣からのクレームが少ない。謝るにしても、女性の警備員が謝った方が丸く収まるというようなことがあります。

──確かにそういう面はありそうですね。

五十嵐 またホールとか映画館に車椅子で来た方が車椅子を押してもらう場合、男性より女性の警備員に押してもらった方が安心感があります。杖をついた方を案内する時も男性より女性の方が喜ばれます。そういうおもてなしというか、ホスピタリティの警備というものがあり、そのような面においては女性の方が向いているのではないかと思います。室内の警備であれば女性にも十分できますし、そうすれば少しでも人手不足を解消できますから。

──とはいえ、先ほどお話に出たマンションの工事現場では一日中立ちっぱなしですから体力的にきつい上に、女性の場合は日焼けの問題もありますね。

五十嵐 すみれ会では、日焼けしない化粧法というのを美容部員の方に来ていただいて化粧方法の研修会を開いたこともあります。できるだけ日焼けしない方法とか、汗をかいても崩れにくい化粧法というようなことですね。

警備の50%は接客業

──警備には施設警備、イベント警備、交通誘導のような屋外で行う警備と色々ありますね。

五十嵐 施設警備では相手に気遣いができるかどうかというのが凄く大事で、いわゆる接客マナーが必要です。いずれにせよ私は、警備業というのは巡回したり立哨したりという基本的な業務はありますが、それは50%で、あとの50%は接客業だと思っています。警備は「そこを通らないでください」とか「こちらに回ってください」とか、こちらの言うことを聞いてもらわなくてはなりませんので、言葉遣い一つ間違うと苦情になったり反発されたりします。だから私たちの仕事はある意味、全く接客業なんですよ。

──警備業も人手不足ですが、入職者は高齢者が多いと思います。

五十嵐 労務単価が上がらないと、若い人はなかなか定着しませんね。大学を卒業して警備会社に就職して結婚してマンションか一軒家を持てるような給与体系にならないと若い人は入ってこないし、優秀な警備員が育たない。だから私たちは、そういうことを行政に話を持っていかないといけない。給料が安いと、アルバイトの世界で終わってしまいますから。労務単価や入札価格を上げていかないと、これから先もなかなか良い人が一生の仕事として警備業を選ばないと思います。

──最低賃金はこのところ、以前よりは上昇していますが…。

五十嵐 最低賃金が10円上がっても契約金額が10円上がっているかというと、それに連動していない入札が多いのは確かです。ただ最近は、最低入札制限価格が定着してきたとは思います。それは進歩だし、私たちにとっては有難いことだと思います。

──すみれ会の活動としては他にどのようなことがありますか。

五十嵐 最近はコロナ禍で外国人の方が少なくなりましたが、警備員には外国人の対応も求められますので、英会話の研修をしてきました。実際に現場にいる女性警備員を集めて基礎英会話の勉強をしています。あと制服を作っているメーカーさんを呼んで女性向けの制服について意見交換をしたりもしています。これまで制服は男性と同じものしかなかったのですが、最近はイベント警備などで女性らしいデザインの制服が増えてきました。

──いわゆる3K(きつい、汚い、危険)のイメージを変える意味でも、そうした活動は重要ですね。

五十嵐 東京ではまだやっていないのですが、警備服のファッションショーを駅前広場や公園でやっています。そうやって少しずつ時間はかかりますが、警備の仕事のイメージを変える地道な努力は必要だと思います。昔、テレビでスチュワーデスのドラマをやった時、スチュワーデスの応募が増えたということがありました。メディアというのは影響力がありますから、テレビで女性警備員を取り上げてくれないかなと密かに期待しています(笑)。

──仕事としての警備業の良さは、自分の好きな時間に働けるところだと思います。

五十嵐 女性の場合は特に子どもが小さかったりするとフレキシブルに働けた方が助かると思いますので、そのへんは企業側が働き方の選択肢を与えるという意味でも大事だと思います。警備業ではパートでも大丈夫な会社はたくさんあります。働き方の多様性を考えてあげれば、女性の警備員も増えるのかなとは思います。

男性より感性が豊かな女性

ーー最近は様々な場面で男女平等、女性活躍が叫ばれています。

五十嵐 業界でもパワハラの話をたまに耳にしますが、パワハラをする人の共通点は普段のコミュニケーションが取れていないということ。社会からパワハラをなくすには、男であれ女であれ普段からコミュニケーションをしっかりと取ることが大事だと感じます。私も社内でよく言うのですが、部下に指示してできなければ怒ったり叱ったりするのではなく、指導しなさい、と。そういう風に上の人間が工夫していくことがこれからは必要ではないかと思っています。

ーーパワハラだけでなく、女性はセクハラの問題もありますね。

五十嵐 セクハラについては相手との距離感を見て、部下に注意するということですね。男性の管理職は女性の部下を注意する時、直接言うのではなく、女性のリーダーに言ってもらうとか、上に立つ人間にはいろんな工夫が求められています。最近は女性活躍推進が盛んに言われていますが、男性の管理職が女性の引っ張り方が身についていないような気がします。急に言われても男性管理職はどう女性に接した方がいいのか分からない。男性管理職が女性との接し方をキチンと勉強することが、女性を活躍させるきっかけになると思います。

ーー男女平等活躍社会の実現に向けて何かお考えはありますか。

五十嵐 男性と女性では特性が違うと思うんです。一般的に女性の方が男性より感性は豊かだと思います。でも男性の方が冷静な判断ができるとか、それぞれ特長がある。それを企業が見極めて仕事を与えていくというのがまず一つあると思います。また男性に対する引っ張り方と女性に対する引っ張り方は違う。でも最後は、男性でも女性でも頑張った成果で評価する。私のような女性の経営者には、客観的に会社を見ることのできる男性の補佐役が必要です。とにかく、男性と女性の特異な点をうまく生かしていくということが大切ではないでしょうか。

ーー女性の特異な点というのは感性のほかに何かありますか。

五十嵐 気付く点だと思います・男性の気付かないところを気付く力を女性は持っています。「ここは段差があって危ない」とか、「あの鍵はかかりにくくなっている」とか女性は細かい部分に気が付きます。それを発見した時、上の者は評価をしてあげる。そういう企業の気遣いがあって初めて女性は定着していくと思います。そうした細かい気付きが、警備業における危機管理につながり、女性はこの業界で居心地が良くなっていくのかな…と。

ーー五十嵐さんご自身も創業者である父上(故・五十嵐眞一氏)の跡を継いで社長になられたわけですが、戸惑いはなかったですか。

五十嵐 父が亡くなるまで15年間一緒に仕事をやりましたから、そのへんはあまりありませんでした。23歳の時、父からウチも警備業をやると言われ、指導教育責任者の資格を取ってこいと言われ、試験を受けて取ったことが警備業との出会いです。それから廃棄物の現場も行きましたし、分別作業現場も行きました。当時、現場では女性が珍しかったこともあり、周りの人からは「女性なのによく頑張っているね」とかよく言われました。資格を取った後、すぐに半年間ほど交通誘導の現場に立ちました。その時に交通誘導は自分の目線ではなく、相手の目線に立つのが大事だということを学びました。私の場合は家業だった父の事業を引き継いだわけですが、現場から入ったのが良かったと思います。現場を経験すると自信も付きますから。

ーーところでコロナ禍になって1年以上たちます。警備業では何か変化はありますか?

五十嵐 私どもは施設の警備が多いので契約人数はあまり減っていませんが、イベントを専門にやっていた会社は仕事が減ったそうです。私の父は「交通誘導やイベント警備というのは波があるから建物の警備を中心にした方がいい」とよく言っていたんです。

ーーコロナによって換気が推奨されたことで窓を開ける機会が増えたり、リモートワークでオフィスにいる人数が減ったりと、セキュリティー面で問題が増えたような気がします。

五十嵐 巡回の回数が増えた建物はありますね。社員の方が帰ってもすぐには巡回をしなかったのが、すぐやるようになったとか。あと、換気のために以前は開いていなかったドアが開いているので、巡回しなければいけなくなったというのはあります。巡回して窓の施錠などとか確認する箇所が増え、回る順番も変わったりはしています。

ーーリモートワークの拡大によってオフィスは縮小化され、空室率も上昇しています。

五十嵐 広いオフィスから企業が狭いオフィスに引っ越してしまうと、ビルオーナーさんは家賃収入が減ってしまいます。そうなると清掃業や警備業に対して値下げをお願いしてくるケースは今後増えてくると思います。

ーーデジタル化が進み、近年はオフィスに現金や紙の重要書類がほとんどなくなりました。これから先、警備業は何を守っていきますか。

五十嵐 やっぱり人の安全と安心ですね。人の安全・安心はどんな時代になっても絶対になくならないと思います。そのためにIоTやAIとマンパワーの融合をどのように進めていくか。監視カメラなどによる警備と人でなくてはできない警備は、車の両輪のように二つ必要ではないかと考えています。

【五十嵐和代氏略歴】
昭和37年7月31日、東京都練馬区生まれ。JRやNTT、証券会社などの企業内研修講師を経て、昭和58年、㈱五十嵐商会に入社。廃棄物、清掃、警備等の業務全般を経験し、平成13年、同社代表取締役社長に就任。平成27年東京都知事賞、平成28年環境大臣賞を受賞。東京都警備業協会理事、環境省中央審議会専門委員ほか関連団体の役員も務める。