スーツ型作業着は現場を変え、採用も変える

中村 有沙氏(㈱オアシススタイルウェア代表取締役)

森喜朗・前東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の女性蔑視発言以来、世間では男女平等や女性活躍といった言葉が大きくクローズアップされている。各界で活躍する女性リーダーにスポットをあてる本インタビューに今回登場するのは、「ワークウェアスーツ」というスーツ型の作業着で斯界(し かい)に〝働き方改革〟をもたらし、東京大学経済学部出身という、業界では異色の経歴が注目を集めている女性経営者、中村有沙氏(㈱オアシススタイルウェア代表取締役)である。 

コンセプトは「デートに行ける作業着」

──中村さんは東京大学経済学部の出身ですが、女子学生は少なくありませんでしたか。

中村 男子の方が断然多かったですね。私のクラスだと女子は1割くらいで2割はいなかったと思います。高校は女子校だったのですが、東大に入って女子が少なくなっても男女の差というのはあまり感じませんでした。

──女性としてのハンディキャップは、特になかったと…。

中村 男女差を一番初めに感じたのは就職活動の時でした。企業のОBやОGを訪問すると、どうしても先輩社員として出てくるのが女性ばかりであったりとか。それまで考えてもいなかったのに、いきなり「女性でも、結婚しても働けます」とか言われたりとか。あと、この会社に入ると女性だと活躍するのは難しそうだなというのがうっすらと見えたりしたことはありました。

──女性が働きやすい職場に就職したいという気持ちでしたか。

中村 正確に言うと、働きやすいというよりも男女差を感じない環境がいいなとは思っていました。

──卒業後は水道管のメンテナンスを行う⑭オアシスソリューションに就職します。

中村 両親には反対されましたね。父親は半導体の業界の人間なのですが、自分が入社した時は業界の中でも小さい会社だったそうで、そこから伸びていくのと自分のキャリアが重なっていたようです。そのため私が小さな会社に入って会社を大きくしていきたいという気持ちは何となく理解してもらえた感じでした。入社した時は営業職を希望したのですが、女性の割合は23割くらいでした。

──ご自身は引っ込み思案で内向的な性格だそうですね。それでも営業を志望された理由は何ですか。

中村 就職活動の初めの頃は得意分野のことを考えて活動していたのですが、途中で一旦活動をストップしてNPОでインターンを始めたんです。それまでは面接でしか大人と会う機会がなかったのですが、その時に10歳、20歳年上の人と話す機会があり、「今の時点の得意不得意は本当に思い込みでしかないから、それよりもやりたいこととか、こうなりたいとかという願望の方をメインに考えた方がいい」とアドバイスをもらいました。それまでは面接でも緊張して自分を偽って受けていたのが、それをきっかけに就職活動の軸が変わりました。

──入社3年目で営業成績がトップになったにもかかわらず、社長に人事部の創設を提案したそうですね。

中村 当時、私と一緒に入った新卒の同期が12人くらいいたのですが、3人くらいに減っていたんです。辞めた人たちはそれぞれ別の会社で活躍していて、私は悔しいなと感じたんです。自分では良い会社だと思っていたのに、ドンドン人が辞めちゃうのが悔しくて。当時は入社しても研修などはなく、ОJT(現場訓練)でいきなり現場に入って先輩に付いて教わっていたのですが、人によって教え方が違ったりして非効率だなと感じたんです。入社の前後でギャップを感じることはよくありますが、人が成長して活躍するまでを一気通貫で見るような部署が必要と考え、人事部の創設を直訴しました。

──その人事部では、スーツ型の作業着を提案しました。

中村 当時は、若手の現場作業員の採用に苦戦していました。ちょうど会社の創立10周年というタイミングでもあったので、何か採用に寄与するようなプロジェクトをしたいと考えていました。ウチのグループ代表の関谷(有三氏)は元々お父様が始めた水道会社の2代目で、父親が作業服姿でレストランなんかに来ることが子ども心にも恥ずかしいと思っていたらしいのです。それで作業着を変えてもっとカッコ良くしたら若い人が集まるのではという話になって、作業着のリニューアル・プロジェクトが始まりました。

──しかし、スーツ型の作業着というのは奇抜な発想ですね。

中村 コンセプトは、「デートに行ける作業着」ということなのですが、ポロッと雑談の中で出たんです。このアイデアに関谷が乗ってきて、じゃあやってみようという話になったんです。ウチは雑談が多い会社なんですよ。だから、雑談の中でアイデアを出しやすい環境ではあるかもしれません。

──スーツといえば、ホワイトカラーのユニホームです。それをブルーカラーの作業着に取り入れたところが斬新だったと思います。

中村 私たちがアパレルの素人だったことが大きかったのではないでしょうか。また開発のミーティングなんかをしている時は空気としてはオンというよりオフに近い雰囲気なんですよ。本当に冗談からスタートしたような感じでした。スーツ型で行こうと決まるまでには半年くらい時間がかかりましたが、「デートに行ける作業着」というコンセプトが決まってからは割とスムーズに進みました。

他社とは違う作業着としての出発点

──そのスーツ型作業着の「ワークウェアスーツ」ですが、名称の由来は何ですか。

中村 「ワーク」の「スーツ」だから「ワーツ」とか色々と候補はありましたけど、パッと見てスーツであることが分かって、作業着であることも伝わりやすいだろうということで、ちょっと長いですが素人感覚で付けました。

──開発で一番苦労したのはどのあたりですか。

中村 スーツ型というアイデアが出るまでに苦戦したということが一つと、作業着として求められる機能を満たす素材がなかなかなかったことですね。スーツとしてパリッとさせてしまうとケアが大変だったり、動きづらかったりします。逆にスポーツウェアなんかの素材だとパリッとしないんですよ。そこを両立させる素材を作るのに苦労しました。

──独自開発の新素材「アルティメックス」という生地ですね。

中村 作業着としてはストレッチが利いて動きやすいんですが、元々社内の水道工事用に作ったので水を弾くのが特長です。また自宅の洗濯機で丸洗いができて、干しておけば形態安定なのでピシッと乾きます。

──スーツに撥水加工というのはユニークな発想ですね。

中村 元が水道工事の作業着としてスタートしたからこそマストな機能として最初からありましたが、初めからスーツを作ろうという考えだと、なかなか撥水加工をしようという発想にはならないかもしれないですね。

──最近は紳士服店でも自宅で丸洗いできるスーツが販売されていますが、それらとの差別化は?

中村 開発当時、いろんなメーカーさんのスーツを調べたんですが、洗濯できると謳っていても実際には月に1回とか、洗濯する時も専用のネットに入れることを推奨されていたりとか、洗濯後はアイロンがけが必要とか、結構ケアが大変なものが多かったんです。現場の作業用としてはケアが簡単なことがマストです。ウチは作業着から出発して作っているので、スーツとして作っている他のメーカーさんとは出発点が全然違うので、機能性というところは全く異なると思います。

──毎日作業で着て、日々洗濯してどれくらいの期間着られますか。

中村 生地の検査では毎日洗っていただいても2年間は全く問題ないという結果が出ています。ウチのスタッフの中には丸3年着ている人間もいますが、今も全く問題ありません。

──他に工夫した点はありますか。

中村 現場の方は工具とかメジャーとかモノをポケットに入れるので、収納力は考えました。上着とパンツの上下で12個、ポケットがあります。あと細かい話で、上着にある胸ポケットにはジッパーが付いていますが、現場の声を聞いて、内側から外側に開けるようになっています。現場では報告書にまとめるためにデジカメで写真を撮りながら作業を進めることが多いのですが、それを行う際に内側から開けられて、外側から閉められる方が便利らしいのです。これも開発の時に試作品を現場で着てもらって、何度もフィードバックをもらった結果、最終的にこういう形になりました。

──ポケット12個というのは多いですね。

中村 上着には外から見える部分のポケット以外にも隠しポケットがあって、パンツにもビッグジップのポケットがあり、サイズ的にはiPadや帳面も入るような大きさになっています。

──ワークウェアスーツのシルエットは細身ですが、作業にはゆったりしたシルエットの方が適しているのではありませんか。

中村 一般的な作業着はダボダボのシルエットで、そのシルエットで動きやすさを担保している部分があると思いますが、ウチのスーツは生地のストレッチが非常に利いているので細身でも動きやすいんですよ。そのまま寝られますし、サッカーとかもできます。元々、作業着をカッコ良くしたいというところからスタートしているので、ダボダボにする考えはなかったですね。

──様々な体型の人に合わせた豊富なサイズ展開も必要です。

中村 既製のサイズで男性用はXSから5Lまで、8サイズを展開しています。女性用はXSから3Lまでの6種類です。

──アパレルメーカーは在庫管理が大変と聞きますが、そのへんはいかがですか。

中村 ウチの場合は制服として導入いただいている法人さんが多いので、通季で同じものを販売しているんです。次の年になっても棄てるわけではないので、今季中に売らなければいけないというような縛りは全くありません。春夏向けと秋冬向けで裏地のあるなしはありますが、一般的なアパレルのようにシーズンごとにモデルチェンジをすることはありません。もちろん機能性は追求して随時アップデートしていますが

──カラー展開は?

中村 カラーは6色あります。ビジネスの制服としてはダークネイビーとかネイビーが一番売れます。個人のお客様だとオリーブとかが人気ですね。制服でご購入いただく時は、社名を刺繍で入れることも多いですね。

──価格は上下で3万円以上と、制服の値段としては高めです。

中村 生地の機能性が高いので価格は抑えているのですがどうしても値段はある程度高くなってしまい、最初は「高い」と言われ営業に苦戦しました。対策として広報活動に力を入れ、メディアに多く扱ってもらえるように努めると次第に問い合わせが増え、問い合わせが来たお客様に営業をするスタイルに変えると「高い」とは言われなくなりました。今は、こちらから営業をすることは一切していません。

──とはいえ、「ワークマン」とか「アオキ」とか他社も似たような商品を出しています。

中村 競合しているなという感覚はあまりなく、ワークマンさんが好きなお客様はウチにはそもそも来ません。価格帯も機能性も全く違うので、住み分けはできていると思います。業界全体として作業着スーツが色々と出てくるとお客様の目にも留まりやすくなるので、かえって有難いですね。ウチの一番の強みは水道工事の会社が作ったというストーリー性であったり、自分たちが本当に欲しいと思って作った商品なので、売れるから参入するという会社さんとは背景が全然違うと思います。

──特にワークマンの「ワークスーツ」は、上下で5000円以下という安さです。

中村 ワークマンさんの製品はジャケットがパーカータイプとリバーシブルになっているなど、素材もシャカシャカしていてアウトドア感が強いんです。生地も薄目で、あくまでも作業着にこだわっているウチの製品とは目指しているところが違うと感じています。ウチはとにかく、「スーツに見える作業着」というところにブレずに軸足を置いていますから。

 

目標は「アパレル界のアップル」

──ビルメンテナンス、警備、マンション管理といった業界内の評判はいかがですか。

中村 非常に良く、たくさんいただいていますね。元々は水道工事用に作りましたが、販売を始める時はビル管理とか清掃関係が一番のお客様かなと思ってスタートしましたから。今でもドンピシャだと思っています。もっと作業強度が高い工事現場などではもっとそれに合った服が別にあると思いますが、作業として顧客と触れ合う機会があり、もう少し軽い作業の場合は、ウチの商品はピッタリだと思います。

──具体的にメンテナンス系の売上割合は、どれくらいですか。

中村 法人さんは半分近くがエッセンシャルワークというか現場のお仕事の方ですね。実際、業界ごとのウチの売上ランキングではツートップが施設管理系と物流系という結果が出ていて、メンテナンス業界とは非常に親和性が高いと思います。

──そうしたメンテナンス業界向けに一番アピールできる点は?

中村 普段のお仕事の中でお客様と接したり、顧客のいるところでお仕事をされる場面は結構あると思いますが、そういう業界の方には非常にお勧めです。特に最近は、ビルオーナー様が建物のブランディングを図るために管理する側にウチの服を着てほしいということでオーダーをいただいているケースも増えています。またマンションなんかも、居住者の方から管理員の制服に対して要望があるようです。

──現状は男性用、女性用に分けて商品展開していますが、今後は男女兼用という可能性もあり得ますか。

中村 ウチは方向性としてはドンドンそっちに行っていて、一部の商品には既にユニセックスの商品があります。女性の中には体型に合わせてメンズの服を選ばれる方が結構います。シルエットもオーバーサイズの方が好みの方もいます。

──現状はBtoB(企業間取引)の販売展開だと思いますが、BtoC(企業対消費者取引)の展開は?

中村 実は現状で個人のお客様が8割近くになっていまして私たちも驚いているんです。スタートした時は法人のお客様のみのつもりで始めたのですが、発売以来3年間で個人のお客様が次第に増えてきて、今はEC(電子商取引)が半分くらいで百貨店などの実店舗での売り上げと合わせると8割くらいが個人のお客様になっています。私たちの想定以上の多さですね。

──ただ法人の顧客の方が注文は一遍に多く入りますよね。

中村 そうですね。あと継続的に安定して発注していただけるので、私たちとしては法人のお客様は常に力を入れていきたいと考えています。

──アパレルのメーカーが本格的に作業着の分野に参入してきたらどうしますか。

中村 先ほども申し上げましたが、ウチの強みは水道工事の現場で自分たちが欲しいものを作ったという一点にあると思います。自分たちが良いと思ったものを変えずに売り続けるのが基本かなと。イメージしているのはアップルとかダイソンなんですよ。社内では「アパレル業界のアップル、ダイソンになろう」と言っています。例えばアップルのiPhоneとかウォッチとかってバリエーションがたくさんあるわけではないですが、商品の機能性を気に入ったファンは大勢います。私たちが目指すのは、そこかなと。

──機能性については今後、どのように改善していくつもりですか。

中村 一つはもう少しストレッチ性を高めたいですね。あとは撥水の後加工をもっと長持ちさせたいと思っています。洗濯を繰り返していくとどうしても少しずつ弱くなってきてしまうので、そこは現在研究中の課題です。

──「ワークウェアスーツ」を着るようになると現場に変化は生まれますか。

中村 ウチの水道工事の現場に導入した時の例で言えば、現場の人たちの髪型が変わりました。それまでの作業着だと多少寝癖が付いていても気にしてなかったんですが、スーツ型の作業着になった途端、髪型を整えるようになりました。立ち居振る舞いも明らかに変わって言葉遣いも丁寧になりました。その変化は劇的で、どんな研修をやるよりも効果がありました。ですから、服一つでこんなにマナーとかサービスが変わるんだというところは是非伝えたいですね。

──いわゆる「ユニホーム効果」というものですね。

中村 マンション管理会社さんにもいくつか導入いただいていますが、マンション管理員さんは現役を退いた方が契約やパートで就労するケースが多いですよね。現役時代は皆さん、スーツで働かれていた方が多く、マンション管理員として働くようになる時、作業着に抵抗を感じることがあるそうです。それをスーツ型作業着に変えたことによって解決でき、採用の状況も良くなったという話を聞いたことがあります。

──服は働く人間の意識まで変えてしまうのですね。

中村 そうですね。本当に「服が変われば、意識が変わる」ということですよね。従来の作業着にも良さはありますが、スーツ型の作業着で選択肢が増えたことは良かったと思います。先ほど申し上げたウチの会社の例を見るまでもなく、服はその人の行動も変えますから、単なる見た目の変化だけでなく、様々な面で効果は大きいと言えるでしょう。

【中村有沙氏略歴】
2011年、東京大学経済学部卒業後、水道工事業を手掛ける㈱オアシスソリューションに営業職として新卒で入社。入射2年目で新支店の立ち上げ担当に抜擢され、翌年には全国で年間営業成績1位となる。入射5年目には人事部を立ち上げにリニューアル・プロジェクトを開始。約2年かけて「スーツに見える作業着」をオリジナル生地から開発。2017年12月に(株)オアシススタイルウェアを設立し、代表取締役に就任した。現在、法人の導入企業は950社を超えて、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2021」を受賞するなど、各方面から中の注目を集めている。