
戦争はどんな理由があっても反対だ。
人間を殺した人間は殺人犯として処断される。
だが、軍隊という名の人間集団が、明確な殺人意思と有効な殺人器具と殺人手段で殺人をした場合、殺人者として刑罰を課せられることはほぼないといっていいのではないか。
これはとてもおかしな話だ
軍隊という名で行った戦争という名の大量殺人行為は英雄的行為とたたえられ、その統領は或いは王になり、支配者となり、権力者となり、英雄とうたわれる。
その本質は敗者も勝者も殺人者であり、破壊者なのだが勝敗が明暗を分けるのである。
太平洋戦争では勝者の連合軍が設けた軍事裁判の法廷で敗者だけが裁かれた。
また欧州ではナチスだけが同様に裁かれた。裁いたのはやはり連合軍の軍事裁判所による法廷によってであった。
枢軸側のイタリアの独裁者ムッソリーニは敗戦前に市民によって吊るされたと聞きかじってはいるが、他の戦犯者たちがどんな裁かれかたをしたのか、私が知るところは極めて少ない。
喧嘩両成敗があるべき姿だと思うなら、勝者と敗者は共に、交戦国以外の国々によって形成される国際裁判所によって裁判されなければなるまいと主張したい。
戦争を始めるに至ったそもそもの原因からを審議し、長い時間をかけても犯罪の種々相と原因を明らかにして、確定しえた犯罪と犯罪者に対して課罰すること−−−このようにやらずしては、この地球上から戦争行為を無くすることはできまいと思うのである。
勝者も敗者も、人間であれば愚かな者、喧嘩早い奴、瞬間湯沸器のようにすぐ怒り出す奴、ヤクザな奴……などもいて、愚かな戦争への引き金を引くといった原因もあるだろう。
多くの、戦争によって殺された無辜の幾千億万人のいのちが、勝者も敗者もなく、人間同士として愁々と泣き、悲しみ、われわれを殺した“戦争をやらかした愚者たち、殺人鬼たち”を罰せよと阿鼻叫喚しているにちがいない。
この世の中に、どうでもこうでも戦争をやらかしたい奴がいるのは事実だし、それらの一握りの権力者たち、戦争屋共、武器商人共の我利・我利の妄動をたたきつぶさねば、原水爆の臨月状態になっている地球の壊滅を防ぐてだてはないといっていい。
国際裁判の権能・機能を担わせた国際機関はあるが、刑事・軍事事犯を裁くための機構はまだないにひとしい。わが国の司法―検察・裁判所のような客観公正を持続して地球上の民衆の信頼をえられるような組織・機構が“国の主権”を超えて確立されなければ、軍事力、原水爆の強大を競う暗中決闘は続くし、利益を追求するための分断や離合集散は絶え間なく繰り広げられることになる。