清掃ロボットの普及には業務の委任契約から 請負契約への移行が欠かせない
【杉田洋氏略歴】1971年、広島県生まれ。大阪芸術大学卒業。芝浦工業大学大学院修了。広島大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。㈱杉田三郎建築設計事務所、広島大学大学院助手を経て2005年より広島工業大学建築デザイン学科教授。国や自治体の審議委員などを数多く務める建築保全分野の研究者。2018年10月に我が国で初めて設置された「建築保全業務ロボット研究センター」のセンター長を務める保全ロボット研究の第一人者。近著、国土交通省大臣官房営繕部監修・建築保全センター編集・発行の『建築物のライフサイクルコスト』に改定検討作業部会主査として携わる。
ーー杉田教授は昨年11月に広島工業大学内に開設された「建築保全業務ロボット研究センター」のセンター長に就任されました。
杉田 今、日本国内には約77億平米の建物があるが、これらの保全に非常にコストがかかっている。人手不足で人件費が高騰する中で、今の保全業務を機械化していく必要がある。その現場の実行性の部分をロボットに置き換えられたらと思うが、それを実行しようとなると、実際の契約方式についても検討しなければならない。
ーーそれはどういう意味でしょうか?
杉田 今の業務委任契約が機械化した時に通用するのかという問題がある。更には今建築の中で言われているBIM(ビルディング・インフォメーション・モデル)との連携もやっていかなければいけない。今までのメンテナンスは、ほとんどが人海戦術的に人手でやるというアナログなものだった。これに対しBIMはデジタルなもので、今のメンテナンスの実行をアナログからデジタルに切り替えていかなければいけない。その中で、ロボットを使って機械化していくのは非常に有効ではないかと思い、この研究センターを立ち上げた。
ーー今、契約方式というお話が出ましたが、具体的にはどういうことですか?
杉田 今行われている維持管理業務の契約方式は業務委任契約。業務委任というのは発注者が定めた作業を実行してもらうもの。発注者が作業内容を規定して、受注者は委任された作業を実行するだけ。ただそうなると、発注者は建物の状況をキッチリ把握して、やってもらうサービス水準を分かっていなかったら作業の決定はできない。そういうことを知らずに、ただコストダウンをしたら品質は下がっていく。そうすると建物利用者からクレームが来て、発注者は受注者に文句を言うようになる。しかし受注者は言われた通りにやっている訳で、そこで不整合が起きている。
ーー業務委任契約が抱える問題点ですね。
杉田 今のような業務委任契約でやっていくと、作業の良し悪しがなくなったとしても、発注の内容が適正でなかったらクレームは出る。その時に、どちら側の責任なのかという問題が出てくる。その点、建築の世界は請負契約でやっているので、発注者側は要求する成果物を規定する。受注者側は発注者に成果物を納めるための作業方法を自分たちで自由に考えることができる。
ーーつまり、結果を出せば経過は関係ないと。
杉田 成果物はレベルを定めなければならないのだが、どうしても人手でやる作業というのは差が出てしまう。人手でやることは性能を定量的になかなか検証できない。でもロボットには均質性に長けている部分があるので、サービス性能とか要求水準というところを、ロボットだったら上手くクリアできるのではないかと思っている。
ーー清掃ロボットは各メーカーからいろんなタイプのものが出ていますが、現状をどのように評価していますか。
杉田 各社ごとにいろんな特徴があり一概には言えないが、人手に置き換えることができるかというと、床についてはほとんどの部分はできる。ただロボットは吸い込み口以上の大きさのものは除くことができない。それと壁際の部分が吸い込めない。ロボットと人間というものを考えた時、皆さんはロボットと人間を比較しがちだが、ロボットと人間は比較するものはなく、ロボットは人間のやる部分をどのあたりまでやってくれるのか、どこまで置き換え可能なのかを考えればいい。
ーーどちらが良いとか悪いという問題ではないということですね。
杉田 我々が日常やっている作業には非常に簡単な作業とか非常に難しい作業とかあるが、非常に難しい作業というのは絶対量が少なく、簡単な作業の方が量は多い。そこでロボットにどのように活躍してもらうのかを考えた時、非常に難しい部分と非常に簡単な部分以外のところはロボットにやってもらえばいい。非常に難しい部分は人でやり、非常に簡単な部分は障害者の自己実現の領域として活用していただく方法も考えられる。そういう意味でロボット化が進めば障害者雇用の社会貢献にも繋がる。これまではある程度難易度の高い部分も障害者の方にやってもらわなければいけなかったが、そこの部分をロボットがやれば障害者の方のハードルも低くなる。
ーーしかし一方で、ビルメンテナンス会社にはロボットを使うとビルオーナーから価格を安くするよう求められる面もあるようです。
杉田 これまでメンテナンスについては発注者が作業内容を全部規定してきた。それを入札する場合は、人間の価値を価格化しているに過ぎない。ロボットを使ったら人手が要らなくなるから安くなるだろうという考え方は、メンテナンス会社は人を売っているのかという話になる。メンテナンスというのは人を売っているのではなく、あくまでも技術を売っているものだ。
ーーとはいえ、現実にはビルオーナーの理解がないとロボットの導入はなかなか進まないと思います。
杉田 確かに発注者はロボットを入れたら安くなると思っている。一方、受注者はロボットを自社で購入する訳だが、実際どこまで活用できるかは分かっていない状態で、そこのところの交通整理ができていない。その交通整理をする時に、従来の業務委任契約のままでやるのか、それとも請負契約で交通整理をするのかによって大きく変わってくる。
ーーロボットの普及にはオーナーの理解の他に高価格という問題もあります。
杉田 もっともっと普及すれば価格は下がってくる。まだ清掃ロボットは創成期で始まったばかりの状態だからやむを得ない。ただ、いろんなところが参入してくれば、販売する側にも努力や競争が生まれてくる。このところ、㈱アクティオやソフトバンクロボティクス㈱がリース契約を始めたりもしているので新たなビジネスモデルが出てくるのではないか。今の清掃マシンの性能は日進月歩。3年前と今とでは同じマシンでも性能が全然違う。だからリース契約にした場合、古いマシンをどのようにケアしていくのかに興味がある。
ロボットへの不安は 実験で検証して解消
ーー清掃ロボットの普及が進むためのカギは何でしょうか?
杉田 これは、まさに契約。先ほどから申し上げている通り、業務委任契約だとロボット代替の費用を差し引きますよという話になる。でも実際は清掃の性能を売っている訳だから、サービス性能の価格化をキチンとやっていかないと機械化は進まない。発注者も、どれだけの人手がどの部分にかかっているのかよく分かっていない。だからサービス性能の価格化を進めなければいけない。
ーーサービス性能の価格化とは簡単ではなさそうですね。
杉田 市場にロボットを普及させるためには購入者が安心して購入できるものでなくてはいけない。要は安全性であったり、清掃性能であったり、走行性とかスピード、騒音性、ランニングコストなど最低限の基準は定めなければいけないと思うが、メーカーの技術力を今後伸ばしていくということを考えたらあまり沢山の縛りを付けてしまうと、どこも同じようなマシンになってしまう。購入者が安心して購入できて、更にいろんなマシンに特徴が出てこなければ、この市場に魅力は出てこない。だから最低限のところだけ基準化することがポイントだ。
ーービルメンテナンス業界には清掃ロボットのスピード面を問題視する声があります。
杉田 スピードを上げれば清掃能力は下がる。スピードを上げて清掃能力を維持しようと思うと、今度は騒音レベルが上がる。そうすると電池も長持ちしない。つまりバランスの問題で、そこは各メーカーの腕の見せ所となる。今あるマシンと人手を比較すれば、人手の方が速い。その速さの秘訣は、人は目視確認しているから。でも裏を返せば、この目視確認が発注者の不満である作業ムラを生んでいる。人間は目視確認しながら汚れのあるところだけやるのでスピードはあるが、これが作業ムラの原因となる。でもロボットには作業ムラがない。真面目にキッチリやるから時間はかかる。
ーーそういう意味でも業務委任契約から請負契約への移行が望まれますね。
杉田 業務委任契約ではなく請負契約になればサービス性能が規定される。ロボットにサービス性能をインプットしておけばサービス性能以下のところを人がメンテナンスをしていくことは可能。でも今はその決まりがないから、そこをメーカーは開発しないし、業務委任契約だから、そこまでやる必要もない。一定以下についての作業をして全体のサービス性能、清掃レベルが規定されていれば、それに合わせたマシンは必ず出てくる。
ーー清掃はこれまで発注仕様書に基づいて行われてきましたが、変革が必要だと…。
杉田 今まで人手でずっとやってきたので、仕様書に基づいた契約方式を使っているのだが、その契約方式を変えることによってロボットがうまく活用されるような仕組みが作れる。そういった基盤が形成されるためには、契約問題は切り離せない。この程度キレイにしてくださいと言うだけでいいから、その方が発注者も助かる。その方法はロボットだろうが人手だろうが関係ない。受注者はそれに合わせて提案してくるから、発注者と受注者は性能部分だけキッチリと決めておけばいい。
ーー清掃もレストランのミシュランガイドのように外からクオリティが分かるようになればいいという意見もあります。五ツ星の店は値段が高いことは行く前から分かっているので文句は出ないと…。
杉田 それがまさしく性能発注の考え方。それについては今、大学で実験しているが、清掃性能を測る時に見なければいけないのはどれだけゴミを吸えたかは関係なくて、どれだけ残っているのかがサービスレベルのポイントとなる。そこで発注者と受注者がお互いに共通見解を出していけば、サービスレベルの規定はそれほど難しいことではない。ただ、そこで担保されなければいけないのはロボットの均質性。ロボットというのは何回やっても同じようなデータが取れるということをキチンと検証しなければならない。ロボットを使えば清掃ムラという不満はなくなるが、ロボットで大丈夫かという不安は残る。その不安については実験で検証できれば解消できると考えている。