カーペットを再生する『リセット施工』で社会に貢献したい
畠山文明氏略歴 1963年、秋田県生まれ。1990年、 蔵王産業株式会社に営業部員として入社し、ビルメンテナンス課を担当。1994年、株式会社エムシープランナーズを設立し、石材特殊洗浄とカーペットクリーニング専門の施工会社として業務を開始。ビルメンテナンス業界のみならず、建築業界でも施工実績を積み上げる。2016年、一般社団法人日本カーペットタイルリセット協会の設立と共に、初代会長に就任。カーペットを再生する『リセット加工』の普及啓発に努めている。
──まず日本カーペットタイルリセット協会を設立した経緯から教えてください。
畠山 現在ビルメンテナンス業界で行われているタイルカーペット洗浄作業は本来の目的であるはずの「汚れを除去する」ということから大きく外れて、結果的にはビルオーナーの満足を得られずに日本では平均7年で新品に張り替えられている現状がある。だが「もうきれいにならない」と諦めて張り替えられているタイルカーペットは、その殆どがきれいになればまだ十分に使用が可能な耐久性のある床材だ。我々はタイルカーペットを剥がして丸洗いする『リセット施工』を社会に広めて日本のカーペットをきれいで衛生的なフロアに再生したい。その結果として張り替え周期を延ばすことが廃棄物削減と新品購入に伴うCO2排出抑制に繫がり、社会的課題の解決に役立つと考えた有志が集まったことが、設立に至った経緯だ。
──そもそもタイルカーペットに着目した理由は何ですか?
畠山 現在はタイルカーペットを採用しないビルがないくらい欠かせない床材なのに、メンテナンス方法がキチンと確立されていないと感じている。結果的にきれいな状態で維持できていないことから、我々は現在行われているメンテナンスとは一線を画した『リセット施工』という新たな事業領域を創出したいと考えている。
──張り替えを頻繁にすると、廃棄物がそのぶん増えてしまうということですか?
畠山 張り替えられたタイルカーペットの一部はリサイクル工程に回されるが、その殆どは産業廃棄物になってしまう。現状で平均7年という使用期間を『リセット施工』で再生して15年使えばゴミは半分になる。タイルカーペットは毎年約2000万㎡(10万㌧相当)が廃棄されている。地球温暖化防止で環境配慮が求められる時代に、我々が提案する『リセット施工』で社会貢献ができるというのは意義深いことではないかと思う。
──なぜ、日本のカーペットは汚くて、使用期間が平均で7年と短いのでしょうか?
畠山 欧米では自社で清掃員を採用して作業させている企業が多い。そうすると無駄なことはさせない。汚れているところだけ早め早めに重点的にやるので効率的なメンテナンスができる。これに対し、日本では管理会社が請け負っている。ビルオーナーと管理会社の契約は床面積なので、隅から隅まで清掃を行う。汚れが集中するエリアに重点的に手を入れた方が効率的なのだが、日本の場合はそこしかやらないと「こっちの方はやらないの?」と言われる。その点はビルオーナーに対して、より良い成果を上げるための提案をすれば理解してもらえると思うのだが、一方でビルメンテナンス業界では標準的な清掃仕様が決まっていて現場に即した対案がしにくい状況にある。その結果、無駄な労力や時間が費やされ、汚れが溜まっていく量に対して、回収される量が少なくなっている。
──満遍なく行うより、メリハリをつけて清掃をした方がいいと…。
畠山 玄関や入口からエレベーターホールが汚れの酷い重汚染区域なので重点的に作業を組むというのが一番良い。日常清掃には多くの労力と時間とお金を使っているのだが、現状では費やしている効果はあまり得られていない。この『リセット施工』をエリアごとにスケジュールを立てシフトしていくことができれば、その分の労力や時間を別の部分に使うことができる。
──通常行われているバキューム清掃やシミ取りだけでは不十分ですか?
畠山 カーペットはパイルが潰れていなければ丁寧にアップライトバキュームを掛けることで、ある程度の汚れは回収できる。パイル内に落ちた汚れが歩行圧で踏み固められ、パイルも潰れてしまうと回収するのは困難だ。また、現在多くのビルで行われている洗浄作業では使用できる水量が少ないために洗剤が残留して再汚染の原因となっている。
──洗剤による再汚染は、欧米ではないのですか?
畠山 欧米では頻繁に水洗いをしている。重汚染エリアを中心にエクストラクターをこまめに年に何回もかけている。(バキュームの)風の流れより、(エクストラクターの)水の流れの方が汚れは上がってくる。日本では昔、カーペットというのは会議室とか役員室とかごく一部だけだったので、カーペットクリーニングの知識を持った専門業者がいた。でも今ではビル全体がタイルカーペットに変わり、適切なメンテナンス方法が確立されないままタイルカーペットが広がったことでビルメンテナンス業界が対応する流れとなり、欧米のシステムやマシンを持ち込んでメンテナンスを行ってきたのが実情だ。しかし当たり前に土足でカーペットを歩き、日常的にエクストラクターを使用することの意味を理解している欧米のシステムを、靴を脱いで生活してきた日本にそのまま導入しても良い効果は出せない。これは様々なメーカーのシステムやマシンを否定しているのではなく、文化の違う日本に適したメンテナンスプランに組み込んで運用すれば効果が上がり、今よりもっときれいな状態を維持できると思う。
──日本のタイルカーペットの使用期間は7年というお話がありましたが、本来の耐用年数は何年なのでしょうか?
畠山 建物に付帯するものなので、本当は10年は使わなければいけない。平均7年というのはカーペットメーカーにリサーチしたデータだが、10年、15年使っている現場もたくさんある。でもテナントビルでは、テナントが退去すると原状回復するためカーペットも新品にする。2年や3年で退去すると、その時点で新しいカーペットにしてしまう。平均7年というのは、そういうケースを含めての数字だ。今のカーペットは汚れているから張り替えられているが、カーペットそのものはまだまだ元気で、それを我々ならきれいにできる。環境負荷低減が叫ばれている時代に、理に適った施工だと思っている。
『リセット施工』後は通常のクリーニングは不要
──『リセット施工』は、従来のやり方と何が違いますか?
畠山 従来のクリーニングは敷設のままクリーニングしているが、『リセット施工』は剥がして一枚ずつ丸洗いする。丸洗いすることでカーペットの中に堆積していた汚れを洗い流して新品同様に再生するというものだ。これまで汚れて諦めて張り替えていたカーペットを蘇らせることでコストを抑えられるし、廃棄物も削減できる。新しいカーペットを作るとCО2が排出されるが、それも抑制できる。環境に良い製品や施工の多くはコストが余計に掛かるものが多いが、この施工では経済性と環境性の両方が叶えられている。
──新品のカーペットタイルの状態が10だとしたら、『リセット施工』ではどれくらいまで再生できますか?
畠山 汚れに関して言えば、8から9まではいける。それは何を持って確認するかというと、施工したカーペットに水をかけ、その回収した水の透明度によって測る。またマイクロスコープ(拡大鏡)で繊維の状態を撮影して汚れの除去レベルを確認して報告書にまとめてお客様に提出している。
──この施工をした後でも通常のクリーニングは必要ですか?
畠山 むしろやらない方がいいと考えている。「年1回の定期洗浄」が作業仕様に謳われている施設は多いと思うが、現在はウェットクリーニングを行わないビルが多いと聞く。必然的に汚れの回収量が少ない上に使用した洗剤を残してしまい、新たな汚れの原因を作ってしまう結果となっている。この施工はパイル内に堆積した汚れも残留洗剤も全て洗い流すものだ。
──『リセット施工』はカーペットタイルが長持ちするので、製造メーカーとの間に軋轢が生じませんか?
畠山 あまりそんな風には考えていない。ただ今の世の中、ESG投資(環境、社会、企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)とかSDGs(世界が2016年から2030年までに達成すべき17の環境や開発に関する国際目標)とか、企業が社会的な貢献活動にどれだけ取り組んでいるかが投資家の判断基準となっている中で、経済成長できればゴミを出しても構わないという考えは受け入れられない流れだ。『リセット施工』をすると寿命を延ばし、コストも抑えられるので、張り替える時にはもっとハイグレードなタイルカーペットに張り替えられる余裕も生まれる。また、これまでのメンテナンスでは不衛生さが原因で敬遠されてきた医療施設や介護施設等で市場の拡大が見込めることは製造メーカーにとっても良い展開だと思う。今後は製造メーカーとも連携を図り、タイルカーペットの価値を高めることで市場拡大を目指したいと考えている。
──高いカーペットと安いカーペットでは、同じ施工でも違いがありますか?
畠山 高価なカーペットの方が洗い映えするので、再生する価値が上がる。高級なナイロン製のカーペットはパイルが復活するが、安価なポリプロピレン製のものは繊維が潰れてしまうと復活しない。我々の施工は高価なカーペットも安価なカーペットもやる手間は一緒。ビルオーナーは張り替え周期が短ければ安価なカーペットを選んでコスト削減を考えるが、張り替え周期を延ばせることでハイグレードなカーペットを選べるようになる。その部分では、決して製造メーカーにとって悪い話ばかりではない。
──コストや環境面以外に、『リセット施工』のメリットは?
畠山 我々は理想として、この施工が広まることで障害者が活躍できる仕事を創りたいと考えている。マシンにカーペットを挿入して、きれいになったカーペットを整理する工程は障害者の方でも十分に活躍できる作業だ。企業が障害者を採用しなければいけない中で、その方たちが活躍できる場面を『リセット施工』は創っていけるのではないか。そういうところまで行ければ、これはもっと素晴らしい事業になると思う。
──障害者雇用は今春から法定雇用率が引き上げられ、精神障害者も対象となりました。
畠山 『リセット施工』では、カーペットを機械に入れる人間が一人は必要。この道30年の私がやっても障害者の方がやっても同じ成果が得られるので、ちゃんと一人前に活躍できる。実際、自分の会社では江東特別支援学校から中度の知的障害者の子を預かったことがある。4日間ひたすら頑張ってくれて800枚、約1㌧分のカーペットを洗ってくれた。汚いカーペットがきれいになって出てくるのを見て、結果が見えるからやりがいを感じて、充実感を得て頑張ってくれた。
──もし企業が、この施工で自社のスタッフと障害者の方たちで洗浄作業を賄ってしまったら、専門の業者としては困りませんか?
畠山 我々がそうしたビルオーナーの考えにどう対応していくかということだが、そもそも日本カーペットタイルリセット協会の発足理念は『リセット施工』を社会に広めて日本のカーペットをきれいにしたいというものだ。そのことを環境問題の解決と障害者の雇用創出に繫げたいと話し合って進んできた。その意味では多くの企業が賛同してくれることは名誉なことだと思う。
──環境省のグリーン購入法に今春、「タイルカーペット洗浄」の項目が追加されました。
畠山 我々は「タイルカーペットをリユースし長寿命化を図る再生洗浄」というタイトルで環境省に提案した。しかし、これが認められた時には「再生」という文字がなくなり「タイルカーペット洗浄」と登録された。環境省の判断では、汚れを全部洗い流すという意味で従来から項目としてあった「清掃」ではなく、「洗浄」ということだった。
──環境省からのお墨付きをもらったことで今後はニーズが高まることが予想されます。
畠山 協会会員がどんな現場でも対応できるようになるための研修や実践現場でのサポート体制が必要で準備を進めている。どんなに社会的に素晴らしいビジネスでも現場の仕上がりがお客様に満足していただけなければ広がらないので、それと併行して同じ想いを共有できる仲間を少しづつでも増やしていきたいと考えている。
──最後に、今後の抱負をお願いします。
畠山 今まで存在しなかった「タイルカーペットの再生」という社会貢献事業を創り出すプロセスに携われていることにやりがいと幸せを感じている。それを共有できる人だったら、いい関係で気持ち良く仕事ができると思っている。出来上がっているものを取り入れるのは楽だが、これまでないものを世の中に訴求していくというところが、私が一番楽しいと感じている部分だ。我々の商品はお客様にご満足いただけるサービスである。今後も社会の期待に応えられるよう、『リセット施工』を成長させていきたい。