業界を変えるためにはモノではなく、技術・知識の流通を。
【平井宏治氏略歴】 1968年、神奈川県生まれ。2004年HI‐LINE22㈱を設立。〝日本一失敗した男〟と自らを称し、「交換は最後の手段」をコンセプトに、ほかでは修復不可能と言われたガラスを再生させる技術力で注目されている。2006年にはガラスに特化した専門技術を学ぶ『GLASSアカデミー』を設立。さらに近年では総合再生ビジネスとしてスクールを展開している。業界では「ガラス・ソムリエ」「ガラスのドクター」「ガラスの魔術師」など、数々の異名で呼ばれている。
──平井さんは「GLASSアカデミー」というガラスに特化したスクールを主宰していますが、始めたきっかけから教えてください。
平井 元々は建設業で防滑をやっていたのだが、浴室での仕事が多く、鏡などガラスをきれいにしてほしいという需要が多いと知ったのが最初のきっかけ。でも、プロの専門家の人に来てもらってもガラスの汚れはなかなか取れない。それで自分で業界を研究していくうちに「これは面白いな」とのめり込んでいった。
──自分で研究とは、具体的にどのように行ったのですか?
平井 まず、ネット上で売られている商材を片っ端から買って試してみた。汚いガラスも買い取って試した。汚ければ汚いほど価値があった。清掃の世界は汚れの分解だと思うが、環境にいいものは汚れがよく取れなかったり、逆に危険なものはガラスの表面を侵してしまう。そこで私は物理的な研磨、磨きという世界を勉強し始めた。
──独学では大変だったのではないですか?
平井 もちろん、失敗の連続。弁償も数多く経験した。ガラスは透明でごまかしが効かないから一番難しい。いい材料といい道具、知識と技術の4つが揃わないといい仕事はできない。たとえばダイヤモンドパッド一つとっても水の量や力の加減によって汚れが取れたり取れなかったり傷ついたりする。そうしたこともやっていくうちにわかってきた。沢山失敗したことによって駄目な方法が一杯わかってきた。
──ご自分でも「日本一失敗した男」と称していますね。
平井 今でも失敗している。しかし、常に新しいものに挑戦することによって、その経験が財産になる。お客さんのニーズがある限り、それに応えたい。諦めてやれる範囲で出来ることだけやろうとするか、諦め切れずに何とか満足できるいいものを提案したいと考えるか、人は2通りに分かれる。でも、GLASSアカデミーに来た人たちには「成功は考えなくていい。まずは失敗しないことだ」とアドバイスしている。
──ガラスには常に、割れるという危険性が付きまといますね。
平井 磨くと歪むし、場合によっては割れる。そこには凄くリスクがある。でも、磨くことよりも大事なのは事前の診断。まず、素材に聞いてみることだ。私は沢山失敗してきているので、どうやったら割れるかがわかる。一概に割れると言っても、どこまでやったら割れるかは普通はなかなかわからない。それは何故かというと、知識が少ないから。この業界の人は商品や機材には投資するけど、知識や技術にお金を使う人は少ない。この業界を作っているのはメーカーだが、作る側と使う側にはギャップがある。素晴らしいものを作っても、使う側の知識や技術が追い付いていないから、100%の能力が発揮できていないと思う。
──確かに、日本では何でもモノから入る傾向が強い部分はあります。
平井 だからウチは、展示会に出展してもモノは売らない。売るものは技術と知識。技術や知識のない人たちにモノを持たせてもケガをするか、モノを壊すか、傷つけるかで終わってしまう。
──それがGLASSアカデミーを始めることに繋がったと?
平井 現場の経験が少ない方たちに何を聞いても答えは返ってこない。メーカーはモノを売ったら終わりだが、清掃に携わる人たちはお客さんの求める成果に応えることがゴールとなる。考え方が全く違う両者の間を埋めるものがないというのが、何十年も平行線のまま続いているというのが現状だ。
──メーカーとエンドユーザーの溝を埋めるものが必要ですね。
平井 例えば一般住宅と温泉や旅館の汚れ具合は違う。私は今、汚れの度合いをそれぞれランク付けしている。そして汚れのレベルに応じて技術のレベルも変えている。ガラスは世界中にあるので、世界基準とでも呼ぶべき日本発のスタンダードに照らし合わせて対処法を変えていかなければならないと思う。
清掃業もミシュランのような格付けが必要
──ガラスというのは温度や湿度といった気候条件によっても、汚れの取り方が変わってくると聞きました。
平井 ガラスの研磨というのはどうしても熱を持つので、特に寒いところでは温度差による「熱割れ」というリスクがある。また網目が入ったガラスには金属が入っているので熱の伝達率が違ってくる。でも、そういったこともガラスを割って初めてわかること。数多くの失敗の中から生まれてきたノウハウだ。
──ガラスクリーニングの世界では、日本と海外で技術や方法に差がありますか?
平井 もちろん欧米の方が技術はある。ただ水垢と呼ばれるウロコを取るものに関しては海外では極端で「削る」という考え方が主流。でも日本の場合は表面の汚れを取るのと削るという両方の考え方がある。削るのはリスクが高いので、削る技術と削らなくてもいい技術の両方が必要だ。
──日本の方が選択肢はあるのですね。
平井 汚れを落とすことが仕事ではない。きれいな状態を何年保てるかが仕事だ。お客さんの本当の望みもそこにある。今ある汚れを落とせばいいのではなく、長い間維持したいと思っている。汚れを取ったガラスを汚れづらくするためには、コーティングやフィルムを施す必要がある。それによってクリーニングの回数、コストも減らすことができる。
──人手不足の業界でコストの削減は喫緊の課題となっています。
平井 この業界もミシュランではないけど、ランキングを付けないとお客さんが可哀そうだと思う。ミシュランのように三つ星とか、一つ星とか外から見てわかるようになっていれば、金額の違いも最初からわかるようになる。三つ星のお店に行けば、誰も高いとは言わない。初めから高いとわかっている訳だから。今の清掃業界にはそういう格付けのようなものがないからお客さんも困ってしまう。安かろう悪かろうではなく、価値のあるものには高い対価を払う。モノは流通していても技術や知識が流通されていないのでは業界は変わっていかない。
──業界が変わるために必要なことは?
平井 やっぱり意識改革だと思う。清掃をやっておられる方の意識をどこかで変えていかないと。やって成果が出たら認めてあげないと人は伸びない。成果が出たら高い報酬を得られるような仕組みにしていかないといけない。これまでのように、一生懸命やった人が報われない業界では駄目だと思う。
──報われるようにするためには具体的にどうすればいいですか?
平井 ビュフォー・アフターではないが、施工の成果をドンドン動画などで発信すること。こういうことができますよということを見てもらえばいい。動画で見せることによって、ここまでやるんだとか、できるんだということを第三者に見てもらうことが大事だ。仕事の成果を「見える化」することで自分たちの価値を知ってもらう。そうでないと、技術をなかなか認めてもらえない。認めてもらうためには目に見える形で発信しなければ駄目だ。この業界は、まだまだYouTubeなどで動画を発信しているところが少ない。YouTubeはエンターテインメント系の人たちのためだけにあるのではない。自分たちの武器を情報発信して、知ってもらう努力をしなければわかってもらえないと思う。